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コトノハ

かるいよみもの。

やっぱり炊きたての白いご飯

お題「人生最後の日に食べたいご飯を教えて下さい。」

 

ほかほかの白いご飯に、明太子かなぁ…

海苔と熱いお茶もあれば。

 

そして、最期は誰と居たいかっていうのは

時々考えますね。

自分はどうやって死ぬのかなとか。

 

 

東日本大震災の年は息子が幼稚園を卒業する年で、

その日は幼稚園バスの停留所仲間でご飯を食べようっていう話になってて

一旦、帰宅したところだったかな。

もちろんそれはお流れになり…

夕方、買い物に出たら、たくさんの人が歩いて帰宅する途中で。

スーパーの棚からは食べ物が消えて、

実家で被災した阪神大震災のことを思い出しました。

 

小中学校では毎年、年度始めには、

非常時に迎えに行く人間の登録をするし、

引き取り訓練があります。

第二、第三と候補を書く欄があるけど、うちは私一人。

学校は避難所になってるので、学校にいる時間であれば安心ではありますが、

でも私がもし遠方で迎えに行けなかったら…

私の生死もわからず不安な思いをするのかなと思うと

想像するだけで、ちょっと胸が潰れそう(笑)

 

 

全然そんなつもりはなかったんですが、

私が小学校2年生の時、何時間か行方不明状態になったことがあって。

喘息で学校を休んだので、バスと電車を乗り継いで行く、

少し遠い鍼灸院に祖母と行った帰り、

途中で歯医者の予約が入ってた!と思い出し、

祖母に送ってもらって私だけ行って待ってたけど、

パートだった母はすっかり忘れていたんですね。

 

待てど暮らせど母が来ない。

でもお金は持たされていなくて電話もできず。

そこは7歳だか8歳なので、じゃあ歩いて帰ろうと。

6kmちょっとなので、大人の足なら1時間半くらいなのかな?

でも歩いたこともなくて道を知らないので、

よし、いつも乗る電車の線路を辿っていけばいいぞと。

ところが線路沿いに道があるとは限らず、見失いそうになったりして。

 

途中で日は暮れてくるし、とにかく悪い大人に、

あの子迷ってるとか一人で彷徨ってるとか気取られないようにって思ったので、

一心不乱に歩き続けて…

何時間くらいかかったのかなぁ。

やっと知ってる道に出た時はホッとして、足取りも軽く意気揚々と(笑)

 

家の近所まで戻ってきたら、祖父に捕獲され…

母は歯医者に私を探しに行っていたので、

またそこへ引き戻されました(笑)

喘息で学校休んでるのに!と、母は今でもその時のことに腹を立ててますが、

その時の母の生きた心地がしない感じ、

私も母親なのでわかりますが、経験したくないですね…

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これがちょうど二年生くらいかな〜

ピアノの発表会の写真で、めっちゃ怒ってるみたいだけど、

多分、緊張してるだけです(笑)

ピアノは先生と相性悪くて、大嫌いだったな〜

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